次へ: 3 0 への収束 上へ: ε-δのお話 前へ: 1 はじめに (PDF ファイル: epsdlt1.pdf)


2 高校での極限の扱い

高校の数学、あるいは工学部等向けの数学の教科書では 極限 (1) の「意味」は、
$n$ が大きくなるときに、数列 $a_n$ の値が限りなく $\alpha$ に近づくこと
のように書かれている。 しかし、これは極限の意味を感覚的に伝えている「説明」にすぎず、 数学的に厳密な「定義」とは言いがたく、 例えば「限りない」とはどういうことか、といったような説明はそこにはない。

例えば、これを定義とみて、次の性質

\begin{displaymath}
\lim_{n\rightarrow\infty}a_n=\alpha,\hspace{1zw}
\lim_{n\r...
...ta
\mbox{ ならば } \lim_{n\rightarrow\infty}a_nb_n=\alpha\beta\end{displaymath} (3)

を「証明」するのは難しい。しかしここでひとつ「証明らしきもの」を紹介しよう。
証明すべきことは $\lim_{n\rightarrow\infty}a_nb_n=\alpha\beta$ なので、 つまり、
$n$ が大きくなるときに、数列 $a_nb_n$ の値が限りなく $\alpha\beta$ に近づくこと
を示せばよい。$a_n$ は限りなく $\alpha$ に近づいていくので、

\begin{displaymath}
a_n=\alpha +c_n,\hspace{1zw}c_n\rightarrow 0\hspace{1zw}(n\rightarrow\infty \mbox{ のとき})
\end{displaymath}

と書ける。同様に、

\begin{displaymath}
b_n=\beta +d_n,\hspace{1zw}d_n\rightarrow 0\hspace{1zw}(n\rightarrow\infty \mbox{ のとき})
\end{displaymath}

と書けるので、

\begin{displaymath}
a_nb_n = (\alpha +c_n)(\beta +d_n) = \alpha\beta+\alpha d_n+\beta c_n+c_nd_n
\end{displaymath}

となるが、

\begin{displaymath}
\lim_{n\rightarrow\infty}c_n=\lim_{n\rightarrow\infty}d_n=0
\end{displaymath} (4)

なので、 $\alpha d_n\rightarrow 0$, $\beta c_n\rightarrow 0$, $c_n d_n\rightarrow 0$ より

\begin{displaymath}
\alpha d_n+\beta c_n+c_nd_n\rightarrow 0
\end{displaymath} (5)

となり、確かに $a_nb_n$ の値は限りなく $\alpha\beta$ に近づく。
この「証明らしきもの」は一見正しいように見えるかもしれないが、 最後の段階の (4) から (5) を導くところで この命題の結論自身、すなわち

\begin{displaymath}
c_n\rightarrow 0,\hspace{1zw}
d_n\rightarrow 0
\hspace{1zw}{ ならば } c_nd_n\rightarrow 0
\end{displaymath}

を使ってしまっているので論理的には正しくはない。

しかし逆に言えば、この場合、すなわち 0 に収束する場合 ($c_n$, $d_n$ の場合) を示せば、 一般の場合 ($a_n$, $b_n$ の場合) の場合は それを使って証明できることになりそうだとわかる。

よって今度は、これも含めて「0 に収束する」 ということを考えてみることにする。


次へ: 3 0 への収束 上へ: ε-δのお話 前へ: 1 はじめに
竹野茂治@新潟工科大学
2006年3月31日