3.2 確率変数の必要性

3.1 節で説明した Glimm 差分の 構成で、$\theta_n$ ($n=1,2,\ldots$) は確率変数と考える、 と書いたが、この節ではその理由について簡単に説明する。 ここでは、[Smoller] に書かれている話を紹介する。

今、例えば初期値 $U_0(x)$ 自体が Riemann 問題の初期値 (1.2) の形であり、 しかも $U_R\in S_{j_0}(U_L)$、 すなわちこの $U_0$ に対する解が単なる $j_0$-衝撃波

\begin{displaymath}
U(t,x)=\left\{\begin{array}{ll}
U_L & (x<st),\\
U_R & (x>st)
\end{array}\right.\end{displaymath} (3.27)

である場合を考えてみる。 今、$s$$s>0$ であるとする。

Glimm 差分でこの $U_0(x)$ に対する近似解を作ってみよう。 もちろん $0<s<\Lambda_0<\Lambda$ である。

もし、$\theta_1$,$\theta_2$,...が何でもよいならば、 例えばそれを全部 0 にしてみるとどうなるであろうか。

まず、$t=0$ では、

\begin{displaymath}
U^0_m=\left\{\begin{array}{ll}
U_L & (m=-1,-3,\ldots),\\
U_R & (m=1,3,\ldots)\end{array}\right.\end{displaymath}

であるので、段差は $t=0$ のみに現れ、$0<t<\Delta t$ では、 ( $\mathop{\mathrm{Cell}}\nolimits ^1_0$ での) $j_0$-衝撃波
\begin{displaymath}
U^\Delta(t,x)=\left\{\begin{array}{ll}
U_L & (x<st),\\
U_R & (x>st)\end{array}\right.\end{displaymath}

となる。次に $t=\Delta t$ では、$s>0$ より $\theta_1=0$ ならば
\begin{eqnarray*}U^1_0
&=&
U^\Delta(\Delta t,\theta_1\Delta x)
=
U^\Delta(...
...}=\cdots)
\\
U^1_2
&=& U_R
\hspace{1zw}(=U^1_4=U^1_6=\cdots)\end{eqnarray*}


となるので、段差は $x=\Delta x$ に現れる。 よって、 $\Delta t<t<2\Delta t$ では、 ( $\mathop{\mathrm{Cell}}\nolimits ^2_1$ での) $j_0$-衝撃波
\begin{displaymath}
U^\Delta(t,x)=\left\{\begin{array}{ll}
U_L & (x-\Delta x<s(...
...lta t)),\\
U_R & (x-\Delta x>s(t-\Delta t))\end{array}\right.\end{displaymath}

が得られ、同様に $t=2\Delta t$ では、段差は $x=2\Delta x$ に出ることになる (図 3.3)。
図 3.3: $\theta _n=0$ の場合
\includegraphics[height=0.2\textheight]{udelta_3.eps}

つまり、$U_L$, $U_R$ の段差は、 この近似解では $\Delta t$ 毎に $\Delta x$ ずつ右にずれてしまうので、 $\Delta x\rightarrow +0$ の極限では、 段差は

\begin{displaymath}
\frac{x}{t}=\frac{\Delta x}{\Delta t}=\Lambda
\end{displaymath}

上に現れることになり、
\begin{displaymath}
U(t,x)=\left\{\begin{array}{ll}
U_L & (x<\Lambda t),\\
U_R & (x>\Lambda t)\end{array}\right.\end{displaymath}

に収束することになるので、 正しい弱解 (3.6) にはならない。

これは、$\theta _n=0$ でなくても、常に

\begin{displaymath}
-\Delta x<\theta_n\Delta x<s\Delta t
\end{displaymath}

の範囲に取ってしまえば、上と全く同じ近似解になってしまうことがわかる。
図 3.4: $x=s\Delta t$
\includegraphics[height=0.2\textheight]{udelta_4.eps}

逆に、$\theta_n$ を常に

\begin{displaymath}
s\Delta t<\theta_n\Delta x<\Delta x
\end{displaymath}

と取ってしまうと、今度は $x=st$ の不連続線が 1 ステップ毎に $-\Delta x$ ずつづれてしまうので、 その極限は $x=-\Lambda t$ で段差を持つものになってしまい、 やはり正しい弱解 (3.6) にはならない。

よって、正しく $x=st$ で段差ができるようにするには 「適当に」$\theta_n$ を散らす必要があり、 そこで確率を用いるわけである。

例えば $\theta_1$$(-1,1)$ 内の一様な確率変数であるとすると、 $t=\Delta t$ での $U^1_0$ の決定において、 $-\Delta x<\theta_1\Delta x<s\Delta t$ である確率 $P_1$

\begin{displaymath}
P_1 = \frac{s\Delta t+\Delta x}{2\Delta x}\end{displaymath} (3.28)

であり、 $s\Delta t<\theta_1\Delta x<\Delta x$ である確率 $P_2$
\begin{displaymath}
P_2 = \frac{\Delta x-s\Delta t}{2\Delta x}\end{displaymath} (3.29)

となる。前者の場合は、$U^1_0=U_L$, $U^1_2=U_R$ なので、 $t=\Delta t$ での段差の位置 $x_s$$x_s=\Delta x$ であり、 後者の場合は $U^1_0=U_R$, $U^1_{-2}=U_L$ なので、 $x_s$$x_s=-\Delta x$ となる。

よって、(3.7), (3.8) により、 $\theta_1$$(-1,1)$ を一様に変化する場合の $t=\Delta t$ での 段差の位置 $x_s$ の平均値 (期待値) $\bar{x}_s$ は、

\begin{displaymath}
\bar{x}_s
=
P_1\Delta x+P_2(-\Delta x)
=
\frac{s\Delta t+\Delta x}{2}
-
\frac{\Delta x-s\Delta t}{2}
=
s\Delta t
\end{displaymath}

となり、正しい衝撃波の位置になる。

もちろん、$t=\Delta t$ では、 段差の位置は実際には $\Delta x$$(-\Delta x)$ のいずれかにしか ならないのであるが、 $\theta_1$,$\theta_2$,...の一様な確率変数により、 その段差は $x=st$ の周辺に集まることになり、 平均的に $x=st$ を再現することになる (図 3.5)。

これにより、 $\Delta x\rightarrow +0$ によって正しい解 (3.6) が得られるのである。

図 3.5: 確率変数により $x=st$ の周囲に集まる
\includegraphics[height=0.2\textheight]{udelta_5.eps}

このように、階段関数を作るときの代表値の位置は、 確率的に一様に散らして取ることが必要であることになる。

竹野茂治@新潟工科大学
2009年1月18日